カイザーも寝ているし・・・。
大丈夫だと告げると、ヨハンが少し安心したように言った。

『じゃあさ、表参道の喫茶店で会おうぜ』
「え?」
『高校の時によく行った喫茶店だよ。あの店、まだやってんだ。じゃ、待ってるから。よろしくー』

どうしたんだ?
ヨハンの奴・・・。
仕事で忙しい筈なのに、急に会いたいだなんて・・・。
おかしな奴だな・・・。
一方的に掛けてきて一方的に切られた電話を眺めていると、リビングのソファーからカイザーが声を掛けてきた。

「どうした?」

どうやらカイザーを起こしてしまったようだ。

「あー、何でもねぇ。・・・オレ、ちょっと外に出て来る」

少しカイザーに対して後ろめたい気もするけどヨハンと約束しちゃったし・・・。


・・・。


カイザー、気を悪くするかな・・・?

「そうか。変質者には気を付けるんだぞ」


・・・。


ちぇっ・・・のん気にソファーで寝てんなよな。
信頼されてるんだろうけどオレの気も知らないで・・・。
ちょっとばかり意地悪を言ってみたくなる。

「まったく、オレが出掛けるってのに見送ってもくれないのかー?」

軽く睨みながら、そう言ってみるとカイザーは苦笑いしながらのそりと体を起こした。

「ふふっ。わかった、わかった。見送ればいいんだろう?」

うん。
やっぱり、そうしてくれないと。
そんなカイザーを見て、オレは少し満足した。

「じゃあ、行って来るな」
「気を付けてな。・・・っと、十代!」
「んッ・・・」

えっ!
カイザーがオレの顎を掴んでいきなりキスをしてきた!


・・・。


いきなりキスなんて、嬉しいけど、照れくさい。

「ふっ。おまじないだ」

キスを終えると茶目っ気を含んだ笑顔でカイザーはそう言う。

「んんっ・・・、おまじないって・・・」

嬉しいけど、何て言えばいいのか・・・。

「浮気するなよ」
「するワケねぇだろ。ったく・・・・・・」

愛されている。
そして、オレもカイザーを・・・。

「ほら、さっさと用事を済まして帰って来い」
「はーい。・・・いってきます」

カイザーに背中を押されマンションをあとにしながら改めて感じる。
この生活を守り続けたい・・・と。













ヨハンに指定された表参道の喫茶店。
平日の午後である今日は、人もまばらで空席が目立つ。
店内に入るとすぐにヨハンがオレの姿を見つけ、声を掛けてきた。

「十代ー!」

ヨハンはオレの事となると妙に目ざとい。
ウエイトレスに紅茶を注文しヨハンの席へ向かった。

「何だよ、ヨハン。いきなり呼び出して・・・」

席に着き、話し掛けるとヨハンは微笑みながら答えてくる。

「こんな目立つ所に呼ぶなって?ははっ。だーいじょうぶ!」

いつもと変わらないヨハン。
その笑顔に、忙しいタレントとしての身を案じてしまう。

「忙しいんだろ?」
「んー、そうでもないぜー。一応毎日スケジュールは埋まってるけど・・・」
「ヨハンは丈夫だから心配ないか」
「ひどいなー、十代」

とりとめのない会話を交わしているとウエイトレスが注文していた紅茶を運んできた。

「おまたせしましたー」

その拍子に会話が途切れ、ヨハンはふと沈んだ表情を見せた。
急にオレを呼び出した理由を聞いてみると、ヨハンは少し言い辛そうに切り出してきた。

「十代、今何やってるんだ?」

今・・・?
オレの今の生活って・・・何て説明をすれば良いんだろう。

「何って・・・うーん・・・家事手伝い・・・?」

オレの曖昧な返答をヨハンの鋭い口調が遮った。

「いや、この前、渋谷で会った時。何してた?」

思わず息を呑んだ。
ヨハン・・・お前、まさか・・・。

「あの近くで発砲事件があったんだ。撃たれた人は死んだ」

一気に緊張が走り、オレはヨハンを見つめて聞き返す。

「ヨハン。・・・何が言いたい」

名蜘蛛を撃ち抜き、カイザーの待つ車へと戻る途中、突然、背後からヨハンに声を掛けられた。
気付かれている・・・のか?
あの日の事を。
ヨハンが重ねる質問の真意に気が逸る。

「十代がやったのか?あの時の十代は少し変だった」

見られてはいない・・・。
名蜘蛛を撃ったビルからヨハンと鉢合わせた通りはかなり距離があった・・・。
あの距離を先回りするなんて事前に犯行を知ってでもいなければ出来る筈もない。
オレが撃ち抜く姿をヨハンは見た訳じゃない。

「お前は・・・、オレが撃つところでも見たってのか?」

狙撃の瞬間を見た訳じゃなければ・・・これ以上の追及は出来っこない。

「いや、撃つ姿は見ていない。でもあの時、十代の体から硝煙の匂いがしてた・・・」

硝煙!?
予想すらしなかったヨハンの指摘に繕う事を忘れて聞き返した。

「ヨハン?硝煙の匂いを知っているのか!?」

まさかヨハンが硝煙の匂いを知っているなんて・・・。
驚きのあまり、本音が零れた。
ヨハンはオレの口から零れた本音を聞き逃す事なくオレを見つめたまま、静かに口を開いた。

「否定しないんだな。・・・あぁ。ハワイやグァムで射撃場によく行くからな」

・・・迂闊だった。
名蜘蛛を撃ち抜いた後、その場を離れる事に夢中で硝煙の匂いを落とす事まで気が回らなかった・・・。
言い逃れが出来る状況ではない。
・・・目を伏せ、言葉を失うオレにヨハンが諭すような口調で話し掛けてきた。

「・・・十代、今ならまだ間に合う。オレの所に来いよ」


・・・。


GXを脱退した時にもヨハンはオレを訪ねて、同じように誘ってくれた。
だが・・・オレは目を伏せたまま、首を横に振り

「オレはあの人との生活を守れるなら・・・そう決めたんだ」

声を絞り出し吐き捨てた。

「『あの人』・・・?」

ヨハンは怪訝そうに聞き返してきた。

「あぁ、オレの大切な・・・人だ」
「その『大切な人』が、十代に人殺しをさせているのか?」
「違う!アレは・・・・・・」
「十代、よく考えろ!オレと一緒になった方が、絶対に良いって!!」

・・・ヨハンは・・・全てを知った上でこんなオレを心配してくれているのか?


・・・。



ヨハンと一緒になる
断る